Cecile Story
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2007年 11月 04日 |
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「仙石原」とナビを設定し、すすきの草原を頭にイメージしてどんな風に撮ろうかとイメージトレーニング。
「仙石原」に向かっていると思っていた場所は車が渋滞して全然動きません。
時計は午後3時半を示しています。
あぁぁぁ。。。せっかくここまで来たのに・・・夕陽が沈むまで間に合わない!

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2007年 11月 03日 |
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連日残業に追われ、写真を全然撮っていなかったので、写真を撮りたい気持ちが募る今日この頃。
週末になったら、箱根に行こうと月曜日からずっと心に決めていたけれど、今朝の目覚めは泥がまとわりついたように重い・・・。
昨夜も夜中の11時半まで仕事をして深夜に帰宅したので、体は悲鳴を上げぐったりしてなかなか起きあがれませんでした。
(仕事をしているときには「ワーカホリック・ハイ」状態で全然疲れないんですけれど、
さすがにお休みに日になるとどっと疲れが出てきます。)

でも、曇り空が晴れ間をのぞき込んできていたので、お昼前頃、思い立ったようにカメラとレンズを3本バックに詰め込み、
父と母を誘って箱根までドライブしてきました。(行きは父が運転してくれました^^)
箱根ターンパイクの峠を越え、元箱根に向かう途中に思いがけずに出会ったのは、新雪の冠をかぶった雄大な富士山。
ここのところ頑張ったご褒美のような美しい富士山に惚れ惚れし、車を止めて写真を撮りました。

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2007年 10月 30日 |
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濃緑の山々に抱かれ、守られるかのような白川郷。
展望台から見ると、ひとつひとつがミニチュアの様ですが、実際はかなりの大きさの家屋が建ち並んでいます。
ひとつひとつに暮らしがあり、人々の営みがある。
パズルを組み合わせたような田んぼは稲の刈り入れを待つばかり。
山の新鮮な空気をたっぷりと肺に吸い込んで深呼吸・・・。

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2007年 10月 26日 |
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白川郷の集落を見渡せる展望台より。
汗をかきながら登った先には、見渡す限りの茅葺き屋根の民家と刈り入れ前の田圃の緑が背整然と広がる。
秋空に向かって咲くピンクのコスモスも一際清楚できれいに咲き誇っています!

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2007年 10月 21日 |
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二ヶ月も前の写真ですが、夏休みに一年ぶりに白川郷を訪れました。
みのりんさんのブログで、蕎麦の花が紹介されていて、白川郷の近辺で見られることを知って、
今年こそは撮ってみたい!と思っていた蕎麦の花。

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2007年 09月 21日 |
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興福寺から歩いて1.5kmほどで春日大社へ。
こちらも世界遺産に登録されている荘厳な場所であります。

逆光になってしまって、二の鳥居の朱色がわかりにくいですが、艶やかな朱色で見応え充分。
現在のものは平成七年に建て替えられています。
鬱蒼とした樹木の間に立つ鳥居は御蓋山(みかさやま)を真正面に仰ぎ見る所に位置しているそうです。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

奈良・平城京に遷都された和銅3年(710年)、藤原不比等が藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山に遷して祀り、春日神と称したのに始まる。社伝では、神護景雲2年(768年)に藤原永手が鹿島の武甕槌命、香取の経津主命と、枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、御蓋山の麓の四殿の社殿を造営したのをもって創祀としている。ただし、近年の境内の発掘調査により、神護景雲以前よりこの地で祭祀が行われていた可能性も出てきている。

藤原氏の隆盛とともに当社も隆盛した。平安時代初期には官祭が行われるようになった。当社の例祭である春日祭は、賀茂神社の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭とともに三勅祭の一つとされる。嘉承3年(850年)には武甕槌命・経津主命が、天慶3年(940年)には天児屋根命が最高位である正一位の神階を授かった。延喜式神名帳には「大和国添上郡 春日祭神四座」と記載され、名神大社に列し、月次・新嘗の幣帛に預ると記されている。

藤原氏の氏神・氏寺の関係から興福寺との関係が深く、弘仁4年(813年)、藤原冬嗣が興福寺南円堂を建立した際、その本尊の不空絹索観音が、当社の祭神・武甕槌命の本地仏とされた。神仏習合が進むにつれ、春日大社と興福寺は一体のものとなっていった。11世紀末から興福寺衆徒らによる強訴がたびたび行われるようになったが、その手段として、春日大社の神霊を移した榊の木(神木)を奉じて上洛する「神木動座」があった。

明治4年に春日神社に改称し、官幣大社に列した。昭和21年12月に現在の春日大社に改称した。


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2007年 09月 17日 |
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小麦粉さんでお腹がいっぱいになった後、世界遺産の興福寺へ。
古の時代から堂々と存在した興福寺の五重塔。
広角レンズで撮る願いが叶いました。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。
五重塔(国宝)は天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建された。現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建である。高さ50.8メートルで、木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い。


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2007年 09月 15日 |
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暑い暑い奈良を訪れた時のこと。
生活のリズムが変わってついついブログがおざなりになってしまい、
暑い盛りの奈良の旅行が後回しになってしまいました。

ここは奈良の名門の奈良女子大学。
駅に張ってあったポスターには「名門の証」と書かれていました。
私のお花の先生の母校である「奈良女子大学」
立派な洋館のたたずまいを残す建物は国の重要文化財に指定され厳粛な空気を醸し出しています。

白い壁にグリーングレーのパステルカラーの洋館の素敵な建物が出迎えてくれます。
ドイツにある建物のような雰囲気で、こんな素敵な場所でのキャンパスライフにしばし思いを馳せてしまいました。
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門も建物と同じグレーに塗られ、小さな屋根は赤。かわいらしい彩りです。

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2007年 09月 10日 |
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静かな街の中心にかけられた橋の欄干に人がずらっと・・・
この人たちはなんだなんだ?!


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2007年 09月 08日 |
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夏休み最後の旅行から日が経ってしまいましたが、郡上八幡・水のある街の景色編です。

郡上八幡に行ったら、この場所を見たかったのです。
ガイドブックで紹介されていたこの場所に実際に立ってみるととても細い路地なのですが、
古い木造の民家、雨で濡れた小さな丸い敷石の配置のリズム感、路地を見下ろすような苔むした柳の木々といい、
風情があってなかなか素敵な場所でした。

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