Cecile Story
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2007年 09月 30日 |
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二日前と10度差も気温が下がり、秋深まる雰囲気の日曜日。
ほんとはマクロオフ会で小石川植物園で曼珠沙華を撮るはずが、生憎の雨で国立新美術館に変更になりました。
集まったのは夕陽の写真家のshigeさん、おなじみのmayさん・たんたん・ねねちゃん
初顔合わせのnotitle_tさん egg-nogさん
新美術館では『フェルメールの「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展』をやっていたので
1600年代に描かれた絵をしばし鑑賞してきました。
ただ、フェルメールの絵はタイトルとなっている「牛乳を注ぐ女」一点のみで、ちょっとがっかりでした。

そこで、またまた子供撮影会と化してしまったオフ会です(^^)

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2007年 09月 29日 |
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霧雨が降ってきて肌寒くなってきた沼。
たんたんは大好きなキティーちゃんのレインコートを着て、にっこり。
ブルーも似合うけれど、ピンクも白い肌によく似合います(^^)


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2007年 09月 28日 |
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先日アップロードできなかった『たんたんカメラマン』の続きを・・・。


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2007年 09月 26日 |
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東京探検隊の時にはraukeさんがキティーちゃんのカメラをお土産にしてくれて、
フィルムが巻き終えても何度もシャッターを押していたたんたん。
今回はmayさんが二人のちびっ子にもカメラを用意していました。
大人に混じって、たんたんカメラマンも気合い充分!力がみなぎってます♪
右手にカメラ、左手にはbullさんが買ってくれたラムネを持っているところが可愛らしいなぁ。

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2007年 09月 25日 |
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実りの秋を迎えた田圃。
稲刈りが終わり、きれいに束ねられ田圃一面に稲穂が干されています。


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2007年 09月 24日 |
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大自然の宝庫の沼では、
いたるとことできらきらした瞳を輝かせながら「何か」をみつけるたんたん。


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2007年 09月 23日 |
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mayさんに誘われて、bullさんhideさんと『沼探検隊』をしてきました。
暑さ寒さも彼岸までと言いますが、その通りで昨日までの暑さが嘘のように涼しく、空は今にも雨が降りそうな気配。
だけど、気持ちよい風を浴びながらのサイクリングは最高で、30km近くを走り抜けました。

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2007年 09月 22日 |
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3人グループで「パーティーのアレンジメント」のテーブルセッティングを作りました。
ワイングラスを置き、「婚約のお祝い」のイメージで・・・

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2007年 09月 21日 |
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興福寺から歩いて1.5kmほどで春日大社へ。
こちらも世界遺産に登録されている荘厳な場所であります。

逆光になってしまって、二の鳥居の朱色がわかりにくいですが、艶やかな朱色で見応え充分。
現在のものは平成七年に建て替えられています。
鬱蒼とした樹木の間に立つ鳥居は御蓋山(みかさやま)を真正面に仰ぎ見る所に位置しているそうです。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

奈良・平城京に遷都された和銅3年(710年)、藤原不比等が藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山に遷して祀り、春日神と称したのに始まる。社伝では、神護景雲2年(768年)に藤原永手が鹿島の武甕槌命、香取の経津主命と、枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、御蓋山の麓の四殿の社殿を造営したのをもって創祀としている。ただし、近年の境内の発掘調査により、神護景雲以前よりこの地で祭祀が行われていた可能性も出てきている。

藤原氏の隆盛とともに当社も隆盛した。平安時代初期には官祭が行われるようになった。当社の例祭である春日祭は、賀茂神社の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭とともに三勅祭の一つとされる。嘉承3年(850年)には武甕槌命・経津主命が、天慶3年(940年)には天児屋根命が最高位である正一位の神階を授かった。延喜式神名帳には「大和国添上郡 春日祭神四座」と記載され、名神大社に列し、月次・新嘗の幣帛に預ると記されている。

藤原氏の氏神・氏寺の関係から興福寺との関係が深く、弘仁4年(813年)、藤原冬嗣が興福寺南円堂を建立した際、その本尊の不空絹索観音が、当社の祭神・武甕槌命の本地仏とされた。神仏習合が進むにつれ、春日大社と興福寺は一体のものとなっていった。11世紀末から興福寺衆徒らによる強訴がたびたび行われるようになったが、その手段として、春日大社の神霊を移した榊の木(神木)を奉じて上洛する「神木動座」があった。

明治4年に春日神社に改称し、官幣大社に列した。昭和21年12月に現在の春日大社に改称した。


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2007年 09月 17日 |
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小麦粉さんでお腹がいっぱいになった後、世界遺産の興福寺へ。
古の時代から堂々と存在した興福寺の五重塔。
広角レンズで撮る願いが叶いました。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。
五重塔(国宝)は天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建された。現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建である。高さ50.8メートルで、木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い。


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