Cecile Story
dianas.exblog.jp
ブログトップ
■ 桃の節句におじいちゃんを思ふ
2008年 03月 03日 |
a0076043_21324538.jpg
3月3日は桃の節句。お雛様の日。
昨年の記事を見てもお雛様が登場していないということは、出していなかったんだ・・・(涙)
お恥ずかしながら、今年もお雛様は納戸の戸棚の中にひっそりとしまわれたままです。
だから、我が家は女の子が4人もいるのに、誰もお嫁に行く気配がないってこと??
罪滅ぼしがてら、桜餅で桃の節句をひっそりとお祝いしました。



a0076043_21484217.jpg
この3月は我が家はいろいろとお祝いが重なります。ひっそりとしたお祝いですが、今日はお祝い第一弾。
昨日は母方の祖父の生誕100年の誕生日。100年前の昨日、銀座の街で生まれました。
祖父は映画の特殊効果を生業としていましたが、今までまじまじと祖父が仕事をしていた作品を見たことがありませんでした。いわゆる「黒澤映画」なのですが、何を言っているのかわかりかねてなかなか見ようという決心がつかなかったというのがほんとのところ。

今年は祖父の生誕100年、そして黒澤監督の没後10年。思い切って『七人の侍』をじっくりと鑑賞しました。『七人の侍』が上映されたのは1954年。敗戦の混乱から完全には立ち直っていない頃に作られました。。後に、『七人の侍』が『荒野の七人』としてハリウッドでリメイクされ、スティーブン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラなどの一流映画人に影響を与え、彼らが「黒澤映画」に寄せる賛嘆の声は際限がないのは有名な話です。

侍・農民の連合軍と野武士13騎の集団戦闘場面は霙交じりの豪雨の中で、泥沼と化し、それはそれは凄まじい。まだ合成など存在しなかった時代によくぞここまで激しいシーンを映像化したかと思うと、驚愕せずにはいられません。息をつかず、次から次へと繰り広げられる映画の世界に魅入ってしまいました。その映画の中で祖父の仕事と思われるのが、この写真にある、田んぼの奥の「離れ家の炎上シーン」です。「PLAYBOY」の2008年3月号に『クロサワ 世界の映画王』というテーマで特集が組まれていたので、ぱらぱらと見ると、このシーンが載せられていました。当時、農民を演じた土屋嘉男さんの言葉が載せられていて、この焼き討ちのシーンについてこの様に書かれていました。
大セットが組まれての、1シーン1カット、カメラ8台。つけた火が燃えすぎてすごい炎になって、今で言うバックドラフト。何千度という熱風が襲ってきた。監督が「やめろー!」といっているのか、「続けろー!」と言っているのかわからない中、僕は、沼に滑り落ち顔に泥を塗ってた。大やけどをして鬘も眉も全部焼けた。大セットが一瞬にして灰になった。

このシーンの撮影の時は目をぎらぎらさせ、バックドラフトの熱風を浴びながら、命がけでこの炎上シーンを作り上げたのでしょう。黒澤監督と共に、スタッフの一員として映画に参画し、忘れられないシーンの仕事に携わったのは、祖父の誇りだったと思います。
a0076043_21325267.jpg
私が知っている祖父は穏やかな笑顔と物静かな佇まい。
孫だけではなく、周りに集まる人をそっと優しく包み込むような深い愛情を誰にでも注ぐ人でした。
今日は家族で祖父の優しかった人柄を思い出しながら、祖父が大好きだった甘納豆もつまみました。
a0076043_2132592.jpg
お茶を点てながら、色々な話を聞きたかったなぁ・・・。
それが今の素直な気持ちです。
[PR]
<< 真夜中のお楽しみ ページトップ お届け物のあとに・・・ご馳走に... >>
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
White Skin by Sun&Moon